偽りその他不正の行為により教育訓練給付の支給を受けた場合、その全部または一部の返還を命じられます。教育訓練経費の申告が不正である場合のほか、教育訓練の受講が不正である場合も不正受給となります。
1.不正とは何か
不正受給処分の趣旨
教育訓練給付の支給申請は正しく行わなければなりません。ハローワークに提出する申請書類には事実をありのままに記載しなければなりません。
偽りその他不正の行為によって支給を受けようとしたときは刑法の詐欺罪等の規定により刑事上の処罰を受ける場合もありますが、不正受給処分を行うことによって、雇用保険制度上の権利を行使するに値しない者から受給権を剥奪し、制度の適正な運用を確保しようとするものです。
偽りその他不正の行為とは何か
詐欺、脅迫、贈収賄等の法令上の罰則に抵触する行為のほか、犯罪の構成要件に該当しない行為であっても「偽りその他不正の行為」とされる場合があります。例えば、虚偽の届出、なりすまし、金額の水増し記載、虚偽の証明書発行、収入の無申告なども対象となります。また、受給権を喪失しているのに何ら届け出もせず受給し続けること(不作為)も不正の行為です。
ただし、本来支給を受けることができない給付金または誤った金額を申請した場合に限られます。支給を受ける権利のある正当な申請者が、支給を受ける際に虚偽の届出等の違反行為をしたとしても、その違反行為が給付金額にまったく影響を及ぼさない場合には「不正の行為」に該当しません。
不知や未遂も含まれる
不正の行為に該当すると認められるためには行為者に「故意」が必要です(昭和30年3月11日失業保険審査会決定)。ただし、法律を知らなかったとしても、そのことによって故意がなかったとすることはできません(刑法第38条第3項)。
また、給付金を不正に受けた場合(既遂)のほか、給付金を受けようと着手したが実際に受けられなかった場合(未遂)も不正の行為に含まれます。不正行為の着手とは、ハローワークに給付金の支給申請の手続きを開始した時点であり、ハローワークへ申請する前の準備をしただけの行為は着手ではありません。
2.給付金の返還命令・納付命令
偽りその他不正の行為により教育訓練給付の支給を受けた場合、給付金の返還命令、納付命令を受けることがあります。
返還命令
偽りの記載をして提出した場合には不正に受給した給付金の全部または一部の返還を命ずることができます(返還命令)。また、不正受給した日の翌日から延滞金が課せられます。
納付命令
不正の行為が悪質である場合、当該不正行為により受給した給付金額の2倍以下の金額の納付を命ずることができ(納付命令)、不正受給した日の翌日から延滞金が課せられます。ただし、納付額は直接当該不正の行為により受給した額に限られ、単なる過誤払いや、不正受給の後の給付で支給停止の処分(後述)を受けたことにより受給できなくなるものは含まれません。
納付命令の規定は、雇用保険の保険事故である「失業」を把握するには本人からの正しい申告に依存するところが大きく、不正受給が生じる余地が大きいことから、抑止効果を高めるために定められています。
納付命令の基準
納付命令は厚生労働大臣の定める基準に該当した場合に行うことができ、その額は、当該不正行為により受給した給付金額の2倍以下とされています。具体的には直接不正行為によって受給した金額に相当する額(1倍)が基本となります。「厚生労働大臣の定める基準」とは、教育訓練給付については次のような場合があります。
納付命令の基準(教育訓練給付)
- 偽造、変造、虚偽記載の証明書の提出、支給に関する虚偽の届出
- 教育訓練の受講の事実がないにもかかわらず、偽造、変造、虚偽記載の支給申請書または他人の支給申請書を不正に使用し提出した場合
- 他人の被保険者証または受給資格者証を使用して虚偽の申請書を提出した場合
- 教育訓練給付についての不正の行為があるにもかかわらず、支給申請に係る公共職業安定所の調査、質問に対して虚偽の陳述をした場合
なお、やむを得ない理由(後述)がある場合にはその情状により納付額の一部または全部を免除することができます。
納付額が2倍となる例
さらに、特に悪質、巧妙な手段により受給した場合には、当該不正行為により受給した給付金額の2倍に相当する額となります。
2倍となる例
- 不正の行為を事業主等と共謀して行った場合
- 不正の行為を繰り返し行った場合
- 架空事業所の設置、偽装雇用など、離職証明書、離職票もしくは各種証明書等を偽造、変造し、不正の行為を行った場合であって、不正の手段が特に悪質、巧妙なものとして公共職業安定所長が認めた場合
督促、差押
不正受給によって返還命令または納付命令を受けたにもかかわらず、返還金または納付金を納付しないときは納付義務者に対して督促状を発せられます(労働保険徴収法第27条準用)。さらに、督促を受けた者がその指定の期限までに納付しないときは、国税滞納処分の例によって財産の差押が行われます。最終的には換価処分が行われます。
3.教育訓練給付制度上のペナルティ
支給停止
偽りの記載をして提出した場合等不正な行為によって給付金の支給を受けたり、受けようとした場合には、当該教育訓練給付の支給を受けることができなくなります。
また、不正に支給を受けた日(未遂の場合は着手のあった日)以後、教育訓練給付金及び教育訓練支援給付金の支給を受ける権利がなくなります。教育訓練給付を受給する権利が剥奪されるので、不正受給があった日以降にハローワークが教育訓練給付の支給を決定したものがあればその決定をすべて取り消します。
ただし、不正に支給を受け、又は受けようとした日以後、新たに支給要件期間(3年間)を満たせば、教育訓練給付金の支給を受けることができます(取り消しの対象とはならない)。
支給要件期間の不算入
支給停止になった場合であっても、支給要件期間(3年間)の計算上は支給されたものとみなされます。そして、不正受給処分を受けた教育訓練の受講開始日より前の被保険者であった期間はなかったものとみなされます(支給要件期間に算入しない)。
そのため、少なくとも3年間は他の教育訓練受講についても教育訓練給付金(一般教育訓練給付金、特定一般教育訓練給付金、専門実践教育訓練給付金)の支給を受けることができなくなります。
4.不正受給の例
次のような場合は、「偽りその他不正の行為により教育訓練給付金の支給を受け、又は受けようとした者」に該当します。
代理受講
受講申込者が他の人に当該講座を受講させ、受講申込者の名義で支給申請を行った場合は、実際に受講申込者が給付を受けたか否かにかかわらず、当該受講申込者の不正受給となります。
カンニング、不正受験
講座の修了に必要な試験について、教育訓練施設や販売代理店等から解答の提供を受けて受験した場合等は、受講証明書または教育訓練修了証明書が交付されても、実質的に修了していないことから、教育訓練給付金の支給申請を行うことはできません。
この点を承知した上で虚偽の受講証明書または教育訓練修了証明書により支給申請を行った場合には不正受給となります。
受講費用の割引、返還
教育訓練経費の割引サービスを受けた場合や経費の返還があったときはそれを差し引いて申告しなければなりません。また、教育訓練経費を支払った後で、教育訓練施設、販売代理店等から教育訓練経費の全部または一部が還付されることが予定されている場合は、その還付予定額を差し引いて教育訓練経費を申告しなければなりません。
現金による還付だけでなくパソコン等の無償提供等を含みます。パソコン等の器材を含めた教育訓練経費の申告は不正受給となります。
会社が負担した場合
教育訓練経費は受講者本人が負担したものに限られます。事業所等が本人の代わりに教育訓練経費を負担したときは負担額を差し引いて教育訓練経費を申告しなければなりません。
事業所等が負担した金額、事業所等から補助を受けた金額を含めて教育訓練経費を申告した場合は不正受給となります。
5.教育訓練支援給付金の場合
教育訓練支援給付金の場合も、雇用保険法第60条の3の不正受給処分の規定が準用されています(雇用保険法附則第11条の2)。
次の場合は不正受給となります。
受講証明書の虚偽の申告
受講証明書に虚偽の記載をし、または教育訓練支援給付金の支給にかかわる事実を申告しなかった場合は不正受給となります。
- 出席の実績がないにもかかわらず、その実績について虚偽の申告をした。
- 事業主に雇用された場合(雇用の形態は問いません。試用(研修)期間も含みます。一時的な就職は除きます。)に、そのことを申告しなかったり、採用日、雇用された事実等を偽った申告をした。
- 労災保険の休業(補償)給付や健康保険の傷病手当金等の支給を受けていることを申告しなかった(教育訓練支援給付金の支給終了後、教育訓練支援給付金を受給した期間について、労災保険の休業補償給付の支給を遡って受ける場合を含む。)。
- 短期雇用特例被保険者または日雇労働被保険者になったことを申告しなかった。
- 会社の役員等に就任したことを申告しなかった。
虚偽の書類
偽りの記載をした離職票(離職理由を含む。)を提出した場合は不正受給となります。
6.連帯返還命令・連帯納付命令
事業主等が不正受給者と結託して、偽りの届出、報告または証明をしたため不正に支給された場合は、政府は、その事業主等に対し、その受給者と連帯して、返還命令・納付命令の金額の納付をすることを命ずることができます(雇用保険法第10条の4第2項)。
指定教育訓練実施者が虚偽の届出、報告または証明を行い、不正受給者がそれを利用して教育訓練給付を不正に受給した場合、不正受給者と指定教育訓練実施者の双方に対して、連帯返還命令・連帯納付命令を行います。
連帯返還命令・連帯納付命令の対象
- 事業主
当該不正受給者を雇用し、または雇用していた事業主で、偽装雇用も含む。 - 職業紹介事業者等
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第2条に規定する職業紹介機関又は業として職業安定法第4条第4項に規定する職業指導(職業に就こうとする者の適性、職業経験その他の実情に応じて行うものに限る。)を行う者(公共職業安定所その他の職業安定機関を除く。) - 募集情報等提供事業を行う者
職業安定法第4条第6項に規定する募集情報等提供を業として行う者をいい、職業安定法第4条第6項第3号に掲げる行為(労働者になろうとする者の依頼を受けて行う場合に限る。)を行う者に限る。 - 指定教育訓練実施者
雇用保険法第60条の2第1項に規定する厚生労働大臣が指定する教育訓練を行う者
「連帯して」とは「連帯債務」のことで、不正受給者と事業主等に対してそれぞれ別々に返還命令または納付命令の全額を請求することができ、全額を支払う義務があるという意味です。ただし、連帯債務なので、不正受給者と事業主等のいずれか一方が全額を納付すれば、両者の債務が消滅します。
事業主が法人である場合は、法人の代表者個人ではなく法人そのものが責任を負います。法人の代表者や事業所の責任者が事情を知らなかった場合であっても、事務担当者の業務の範囲内でなされた不法の行為によって不正受給が行われた場合、事業主が責任を負います(昭和35年9月22日労働保険審査会決定)。
7.返還命令、納付命令の時効
返還命令または納付命令によって返還金または納付金を徴収する権利は、これらを行使することができる時から2年を経過したときに時効となります。なお、督促状が発せられたときは督促によって時効が更新(リセット)されますので、その督促から2年間となります。
返還命令や納付命令については、労働保険徴収法第27条(督促及び滞納処分)と第41条第2項の規定がそれぞれ準用されるので、督促を受けたときは時効が更新(リセット)されます。督促状が発せられたときは督促によって時効が更新されますので、その督促から2年間となります。
時効の更新とは、民法改正前の時効中断と同じ意味で、それまで進行してきた時効期間をリセットしてあらたに2年間の時効期間が始まるという意味です。2年以内に督促されたら時効消滅しなくなります。
8.やむを得ない理由がある場合
やむを得ない理由がある場合には、公共職業安定所長の裁量により支給停止をせず、教育訓練給付金の全部または一部を支給することができます。
「やむを得ない理由」とは、教育訓練給付の受給権を停止するのが酷な事情のことです。不正をなすに至った動機、不正の度合い、反省の情の程度等の諸条件を総合的に検討したうえで決定されることとされており、これらの条件のうち単に1つの条件を満たすことによってのみ決定されるものではありません。
やむを得ない理由の判断基準
- 不正をなすに至った動機
- 不正の度合い
- 反省の情の程度
不正をなすに至った動機
不正をなすに至った動機にやむを得ない理由があると認められる場合です。簡単に言えば、お金に困っていた場合です。
- 受給者の生計が著しく貧困であり、かつ、社会通念上やむを得ないと認められる支出の必要に迫られている場合
(例えば、生活保護法による生活保護を受け、またはまだ生活保護を受けていないが生活保護を受けるべき基準に達している場合であって、家族の病気あるいは養育のため緊急な支出を必要としていたなど) - 他人の圧迫により不正受給を余儀なくされた場合
(例えば、事業主から「給付金を受給すればその後は賃金を支払うという条件で雇用する」などと言われた場合で、受給によって生計を維持する必要に迫られていたなど)
不正の度合い
不正の原因たる事実がごく軽微な場合や不正の意図が軽微な場合など、不正の度合いが軽微であって、受給権のすべてを剥奪することが酷な場合です。
反省の情の程度
不正行為が発見される前に、自発的に届け出て不正受給金を返納した場合など、反省の情が著しく顕著な場合です。
9.補足説明
途中で退学した場合
途中で留年、退学等により修了できなかった場合、教育訓練給付金は支給されません。また、専門実践教育訓練給付金と教育訓練支援給付金の場合、留年、退学、出席状況不良などによって途中で支給停止となることがあります。
ただし、返還することが命じられる給付は、偽りその他不正の行為によって支給を受けた給付の全部または一部であって、受給権があって適法に受給した給付には及びません。支給停止とされた場合であっても、途中まで、修了の見込みがあると認められて支給された給付金については不正受給ではありませんので、返還しなくても良いです。
他の失業等給付は無関係
不正受給については、教育訓練給付と他の失業等給付は無関係です。
教育訓練給付に係る不正受給により他の失業等給付が支給停止とはならず、逆に、他の失業等給付に係る不正受給があっても教育訓練給付が支給停止とはならず、支給要件期間の計算にも影響はありません。
例えば、教育訓練給付金の不正行為があった日以前の被保険者であった期間を基本手当の算定基礎期間に通算することができ、逆に、基本手当の不正受給があった日以前の期間を教育訓練給付金の支給要件期間として通算することも可能です。また、短期訓練受講費(就職促進給付)の不正受給があっても教育訓練給付の給付制限はありません。
相殺の禁止
返還命令または納付命令による金額と、将来支給される予定の失業等給付とは相殺することができません。それは、失業等給付を受ける権利は差し押えることができないとされており(雇用保険法第11条)、差押え禁止債権は相殺することができないからです(民法第510条)。
社労士過去問
不正受給に関する社労士試験の過去問について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。