雇用保険は失業のリスクに備えるために労働者が加入するものなので、会社の役員や個人事業主は対象外です。残念ながら教育訓練給付も対象外です。ただし、労働者の役割を兼務している場合は例外的に認められることがあります。
1.会社役員と雇用保険
労働者性の判断
雇用保険に加入できるのは「雇用される労働者」であり、会社の社長や役員のように「雇用」されているとは言えない人は、雇用保険に加入することができません。
実態として労働者として勤務していると認められる場合は労働者として扱われます。これを「労働者性がある」といいます。「会社役員だからすべて適用除外」ということではなく、所属する会社に勤務を管理され、勤務実態で判断して雇用関係が明らかであれば被保険者となります。
他の保険とは異なることに注意
雇用保険は国が管掌する保険の一つですが、他の保険(健康保険・年金・労災保険など)とは加入できる条件が異なります。そのため、通常の労働者でない人については、それぞれの保険について加入できるのかできないのかを確認しなければなりません。
社会保険(健康保険や厚生年金)は経営者側かどうかを問わず、法人に所属している者は会社に雇われているとみなされるので加入義務があります。社長・役員であっても健康保険や厚生年金は加入しなければなりません。
しかし、雇用保険は、予測できない本人の病気や怪我、会社の倒産などで労働者が突然失業してしまったときに生活保障をするための保険なので、原則として雇用されている労働者に限られます。経営者側の人は加入できません。
2.雇用と委任の違い
会社の社長や役員の労働者性を判断するうえで、まず「雇用」と「委任」の違いを理解しておかなければなりません。
労働者としての雇用
雇用(こよう)は、会社と労働者の間に従属的関係があり、勤務を会社が管理します。そして、解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効となります。
雇用保険の「雇用」は、民法第623条の雇用契約だけでなく、実態として使用従属関係が認められるものをいいます。労働契約のほか、請負、委任などの契約形式にかかわらず、労働者が事業主の支配を受けて、その規律の下に労務を提供し、その提供した労働の対償として事業主から賃金、給料その他これらに準ずるものの支払を受けている関係があれば、すべて「雇用」です。
役員としての委任
会社の役員(取締役、会計参与及び監査役)及び会計監査人は、株主総会の決議によって選任され、委任(いにん)の規定が適用されます。委任には雇用のような従属的関係が認められず、誰かの指揮命令を受けることなく独立して業務をすることができます。
役員には任期があるだけでなく、辞めたくなったら任期途中でいつでも辞任することができます。また、株主総会の決議によって役員をいつでも解任することができます。
3.株式会社の取締役
代表取締役
代表取締役は会社を代表する取締役であり、雇用される労働者とは言えません。会社を代表して従業員と雇用契約を結ぶ立場なので、雇用保険の被保険者にはなりません。
このほか、代表取締役を定めていない場合の取締役や、会社を代表する者を特別に定めた場合など、会社の代表権や業務執行権を有する立場の役員はすべて雇用保険の被保険者にはなりません。
代表取締役以外の取締役
株式会社には1名以上の取締役が必要であり、取締役会設置会社、監査等委員会設置会社は3名以上の取締役が必要です。取締役は会社の業務執行または経営判断を行う役員であり、会社との関係は「委任」です。
取締役(兼務役員を除く)は会社に雇用されているわけではないので、原則として、被保険者とはなりません。
兼務役員
取締役が従業員の地位を兼務することがあります。
役員でありながら、同時に雇用関係がある場合(事実上、代表権や業務執行権を有する他の役員の下でその指揮監督を受けて労働に従事し、その対償として賃金を得ている役員)を、「兼務役員」または使用人兼務役員といいます。この場合、会社との間で委任契約と雇用契約の2つの契約をしているものと解されています。
取締役であって同時に会社の部長、支店長、工場長などの従業員としての身分を有する場合は、報酬支払等の面からみて労働者的性格の強い者であって、雇用関係があると認められるものに限り被保険者となります。
従業員としての身分も有する役員が雇用保険に加入するには、事業主が雇用の実態を証明する書類として「兼務役員雇用実態証明書」を作成してハローワークに提出しなければなりません。雇用保険に入れるかどうかはハローワークが証明書の内容を見て判断します。
4.監査役
株式会社の監査役は、その会社または子会社の従業員を兼ねることが法律で禁止されていますので、被保険者とはなりません(会社法第335条第2項)。
ただし、名目的に監査役に就任しているに過ぎず、従業員として事業主との間に明確な雇用関係があると認められる場合は被保険者となることがあります。
5.合名会社、合資会社、合同会社の社員
合名会社、合資会社、合同会社の「代表社員」とは、一般の会社で言う代表取締役にあたる会社の代表者なので被保険者とはなりません。
合名会社、合資会社、合同会社の「社員」とは、一般の会社で言う社員(従業員)とは異なり、出資して経営に参加する人のことをいいます。簡単に言えば役員のことです。出資者である社員は経営者なので、株式会社の取締役と同様に取り扱い、原則として被保険者とはなりません。
これらの会社に雇われている従業員(社員とは言わない)は、もちろん被保険者となります。
6.有限会社の取締役
会社法が平成18年5月1日に施行されたのにともない、有限会社法が廃止されました(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号))。
新たに有限会社を設立することはできなくなりましたが、施行日前に設立された有限会社は特例有限会社(会社法上は株式会社として扱う)として存続し、引き続き、有限会社の商号を使用することができます。
しかし、特例有限会社であっても会社法では株式会社として扱うので、株式会社の取締役と同様に取り扱い、会社を代表する取締役については、被保険者となりません。
7.教育訓練給付について
教育訓練給付の支給を受けられるのは雇用保険に加入している労働者(被保険者)もしくは加入したことがある人だけです。雇用保険に加入できるのは労働者だけなので、経営者側の人は教育訓練給付を受けることができません。
ただし、教育訓練給付は過去1年以内に雇用保険に加入していた人も対象になります。
したがって、現在、経営者側の立場になっていて雇用保険の対象外になっている人(社長または個人事業主など)であっても、最近経営者になった人で過去1年以内に労働者であった人は雇用保険に加入した可能性があるので教育訓練給付の対象となる場合があります。
8.補足説明
その他の事業主
個人事業主は雇用保険に加入することができません。組合または組合法人等の団体の構成員である組合員も、原則として雇用保険の被保険者とはなりません。
また、会社の代表者と同居し、生計を一にする親族は雇用保険に加入することができません。しかし、社会保険(健康保険や厚生年金)は同居の親族であっても被保険者になりえます。
社労士過去問
会社役員、団体役員の労働者性に関する社労士試験の過去問について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。