宅地建物取引士は不動産に関する専門知識を証明する国家資格であり、安心して取引を行うことができるよう、宅地建物の取引の専門家として適切なアドバイスや重要事項の説明等を行う責務があります。不動産関係では必須となる資格で、教育訓練制度が適用される公的職業資格です。
1.宅地建物取引士(宅建士)について
宅地建物取引業者と宅地建物取引士
宅地建物取引業者とは、宅地や建物の売買、交換、賃貸借とその代理や媒介を業として行う会社のことで、営業をするには宅地建物取引業免許が必要です。
宅地や建物などの不動産取引はその金額が高額であるか、または生活に密接にかかわる契約であるにもかかわらず、契約する当事者が不動産に関する知識がないため、よく理解しないまま契約をして大きな損害を被ることがあります。
そのため、宅地建物取引業者が取引を行う際には、宅地建物取引業法の規定により宅地建物取引士(宅建士)の資格を持つ従業員に契約内容の説明をさせる義務を課しています(後述)。宅地建物取引士は公正かつ誠実に取引業務を行い、適切な助言をし紛争を防止する義務(公正誠実義務)があります。
国家資格
宅地建物取引士は、国家試験である宅地建物取引士資格試験に合格し、登録を受け、宅地建物取引士証の交付された者のことをいい、宅地建物取引業法で定められた国家資格の一つです。
2.宅地建物取引士資格試験(宅建士試験)の概要
試験実施機関(国土交通大臣指定試験機関)
宅地建物取引士資格試験は法律上、各都道府県知事が実施することになっていますが、1988年度(昭和63年度)の試験から、国土交通大臣が指定した指定試験機関である一般財団法人不動産適正取引推進機構(RATIO)がすべての都道府県知事の委任を受けて実施しています。
そのため、試験の申し込みは不動産適正取引推進機構に対して行い、すべての都道府県に1つ以上の試験会場を設置して実施します。現在では全国で年間約20万人が受験する、最も大規模な国家試験の一つとなっています。
受験資格、試験形式
受験資格は日本国内に在住すること以外に特にありません。年齢、学歴等に関係なく、誰でも受験できます。
宅地建物取引士資格試験は年1回、通常は10月第3日曜日に実施されます。出題科目は主に次の5つの分野で、四肢択一のマークシート方式、50問50点満点、試験時間は13時~15時の2時間です。
宅地建物取引士資格試験の出題分野
- 権利関係:民法、借地借家法、区分所有法、不動産登記法など
- 宅建業法:宅地建物取引業法、同施行令、同施行規則など
- 法令上の制限:都市計画法、国土利用計画法、建築基準法、土地区画整理法、農地法など
- その他の法令:不動産に関する税、不動産鑑定評価基準、地価公示法など
- 不動産の実務:住宅金融支援機構法、景品表示法、土地と建物の一般常識、統計など
3.宅地建物取引士と教育訓練給付制度
業務独占資格、必置資格
宅地建物取引士は正式な契約をする前に物件に関する重要事項を説明する義務があります(宅地建物取引業法第35条)。取引の種類によって説明する事項は異なりますが、法令で定められた項目をすべて説明し、書面で交付しなければなりません。実際には、説明する項目が大量にあるので、書面を見せながら口頭で説明します。
重要事項説明の項目(例)
- 登記された権利の種類と内容、私道に関する負担
- 都市計画法、建築基準法等の法令に基づく制限、用途その他の利用に係る制限
- 飲用水、電気、ガスの供給、排水施設の整備状況
- 台所、浴室、便所その他の当該建物の設備の整備状況
- 造成宅地防災区域、土砂災害警戒区域、津波災害警戒区域内か否か
- 石綿(アスベスト)使用調査結果、耐震診断の内容
- 代金、交換差金以外に授受される金額、損害賠償額の予定、違約金
- 契約期間、契約の更新、契約の解除に関する事項
- 賃貸の場合は敷金等の契約終了時における精算に関する事項
- 区分所有建物の場合は専有部分、共有部分、敷地、建物管理に関する事項
そして、重要事項説明書(35条書面)と契約書(37条書面)に記名をするとともに、不動産契約をする当事者に対して、宅地建物取引士証を提示して説明する義務があります。宅地建物取引士の資格は国家資格のうち業務独占資格に該当します。
宅地建物取引士の独占業務
- 宅建業法35条:法で定められた重要事項の説明、重要事項説明書の記名と交付、宅地建物取引士証の提示
- 宅建業法37条:契約書に記名すること
- 宅建業法22条の4:取引の関係者から請求があったときは宅地建物取引士証を提示すること
宅地建物取引業者は、その事務所ごとに従業員5人に対して1人以上の割合で専任(常勤)の宅地建物取引士を置かなければなりません。例えば、当該事務所において宅地建物取引業者の業務に従事する者が6人いる場合は宅地建物取引士が1人では足りないので、2人必要となります。
また、事務所以外の場所(臨時の出張所、案内所、展示会場など)で宅地建物の取引の契約や申し込みを受ける場所には1か所につき1人以上の専任の宅地建物取引士を置かなければなりません。
宅地建物取引士の必置義務
- 事務所:事務所ごとで従業員数の5分の1以上
- 案内所や展示会場:1か所につき1人以上
宅地建物取引士の資格は国家資格のうち必置資格にも該当します。不動産関係の企業では資格手当がつくことがあり、優遇されます。
一般教育訓練、特定一般教育訓練の対象となる
教育訓練給付金は、厚生労働省の指定基準に従って、「厚生労働大臣が教育訓練給付対象講座として指定した講座」を修了した場合に支給されます(雇用保険法第60条の2)。
厚生労働大臣が指定する教育訓練には、一般教育訓練、特定一般教育訓練、専門実践教育訓練の3種類があり、公的職業資格のうち業務独占資格や必置資格の取得を訓練目標とする講座で、かつ、訓練期間が1年未満の講座は一般教育訓練または特定一般教育訓練の対象となります。
なお、専門実践教育訓練は原則として訓練期間が1年以上3年以下の長期訓練を想定していますが、宅建士対策講座は通常1年以内で終わりますので、専門実践教育訓練の指定を受けることはありません。また、国家試験等の受験対策のみを目的とした教育訓練については、専門実践教育訓練の対象とはなりません。
教育訓練給付金の受給資格と支給申請手続き
教育訓練給付金の受給資格と支給される条件、具体的な給付金の支給申請手続きについて、詳しくはこちらの記事をご覧ください。
4.厚生労働大臣の指定を受けた講座に限られる
宅地建物取引士資格試験対策講座がすべて教育訓練給付制度の対象となるわけではありません。
厚生労働大臣指定講座
教育訓練給付金は、「厚生労働大臣が指定する教育訓練を受け、当該教育訓練を修了した場合」に支給されます。具体的には、雇用保険法施行規則第101条の2の2の規定により教育訓練施設があらかじめ厚生労働省に対して「教育訓練給付対象講座の指定」を申請し、厚生労働大臣が教育訓練施設に対して「講座指定通知書」を交付することによって指定を受けた講座に限られます。
さらに、教育訓練給付金を受給できるのは「最初に教育訓練給付制度を利用することを申し出て、講習を申し込んだ人」だけです。それ以外の人はすべて給付の対象外です。
禁止されていること
- 講習の途中に教育訓練給付制度の適用を申し込むこと
- 卒業した後で教育訓練給付制度の適用を申し込むこと
教育訓練を探す方法
教育訓練給付対象講座の指定を受けている宅地建物取引士資格試験対策講座は、厚生労働省の「厚生労働大臣指定教育訓練講座検索システム」で検索することができます。
5.教育訓練修了証明書と宅地建物取引士証
試験に合格しなくても教育訓練給付金はもらえる
教育訓練給付金は、「厚生労働大臣が指定する教育訓練を受け、当該教育訓練を修了した場合」に支給されます。この場合の「修了」とは、教育訓練給付対象講座の指定を受けている宅地建物取引士資格試験対策講座を適切に受講して、教育訓練施設が独自に定める修了認定基準(修了試験やレポートなど)によって修了が認定されることをいいます。
宅地建物取引士資格試験対策講座を途中でやめた場合は支給対象外ですが、対策講座が修了すれば教育訓練給付金の支給を申請することができます(修了した時点で支給を受ける権利が発生する)。
その後の宅地建物取引士資格試験に合格しなくてもかまいませんし、合格したかどうかをハローワークに報告する義務もありません。また、不合格だったからといって給付金を返還しなくてもよいですし、受験しなかったとしても給付金の支給を受ける権利はあります。
教育訓練給付金の支給とは無関係(支給を受けられます)
- 宅地建物取引士資格試験に合格しなかった
- 宅地建物取引士資格試験を受験しなかった
- 宅地建物取引士資格試験を受験する前に申請するのもOK
- 宅地建物取引士資格試験の合格発表の前に申請するのもOK
教育訓練修了証明書
宅地建物取引士資格試験の対策講座を修了したとしても試験対策の講座が終わっただけなので、宅地建物取引士になる資格や宅地建物取引士資格試験の受験資格は得られません。そのため、通常は「修了証明書」のような書類が交付されることはありませんし、仮に交付されたとしても何の効果もありません。
しかし、教育訓練給付対象講座の指定を受けている宅地建物取引士資格試験対策講座を修了すると、「教育訓練修了証明書」が交付されます。この教育訓練修了証明書をハローワークに提出すると教育訓練給付金の支給を受けることができます。
宅地建物取引士証
宅地建物取引士資格試験に合格し、登録を受けて交付される「宅地建物取引士証」は宅地建物取引士の資格を証明する者であり、関係者に求められたら提示する義務のある書類です。これはハローワークや教育訓練給付制度とは無関係の書類です。
6.宅建登録講習と宅建法定講習
宅建登録講習
国土交通大臣登録講習機関が行う講習(登録講習)を受講し、登録講習修了試験に合格すると、修了試験合格後3年以内に行われる宅地建物取引士資格試験について、50問のうち不動産の実務の5問が免除されます。つまり、50問中5問が正解扱いとなります。ただし、登録講習を受講できるのは宅地建物取引業者の従業者証明書を持つ従業員に限られ、一般の人は受講できません。
登録講習はすでに宅地建物取引業者に従事している従業員(在職者)のみ受講することができ、離職者は受講することができません。修了することによって職業につながるものではなく、受講費用が5000~20000円と低額な講座であるため教育訓練給付制度の対象外です。
宅建法定講習
宅地建物取引士資格試験に合格した人は、原則として合格した日から1年以内に登録して、宅地建物取引士証の交付を受けなければ業務を行うことができません。宅地建物取引士資格試験に合格した日から1年を超えた場合は宅地建物取引士証の交付を受けるときに「法定講習」を受講しなければなりません。
また、宅地建物取引士証を更新する場合(5年ごと)も法定講習を受講しなければなりません。ちなみに、法定講習は教育訓練給付制度の対象外です。
7.補足説明
マンション管理士、管理業務主任者
宅地建物取引士は不動産の取引に関する資格であるため、同じ不動産に関係する資格とのダブルライセンスまたはトリプルライセンスを狙うことができます。特に、国家資格であるマンション管理士、管理業務主任者はいずれも分譲マンションとマンション敷地内の管理を行う資格であり、試験内容が共通している部分があります。そのため、宅地建物取引士資格試験に合格したあとで受験する人が多いです。
なお、マンション管理士、管理業務主任者はいずれも教育訓練給付制度の対象となります。
合格に必要な点数と勉強時間(私見)
合格点
合格率が15%程度となるように合格基準点を調整すると言われており、合格に必要な点数は毎年異なります。しかし、合格基準点は毎年30点台なので、ギリギリの合格を狙わず「40点近く」を取ることを考えたほうが良いです。
つまり、常に自信をもって50問中36問正解できる実力があれば間違いなく一発合格できると言えます(自信のない残り14問を適当にマークして4分の1の確率で当たるものと考えれば計算上39.5点になって確実に合格点に到達するからです)。
自信あり36点 + 自信なし14問÷4 = 39.5点
勉強時間
前述のとおり、宅地建物取引士資格試験(宅建士試験)の試験範囲のほとんどが「法律」であり、法律系学部卒業者や法律系資格取得者などの法律経験者が有利です。法律の経験者であれば最短で3か月~長くても1年以内の勉強で一発合格をすることができます。300時間程度の勉強時間を確保すれば十分に合格できます(1日1時間の勉強で10か月)。
しかし、法律未経験の場合、半年程度の勉強で合格することは不可能です。そのため、教育訓練給付講座で訓練期間が短いものを選んだ場合、習得できずに終わってしまうことがあります。入門的知識の習得に約200時間、さらに受験勉強に約300時間の勉強時間を確保する必要があります。法律の勉強を全くしたことが無い場合は最低でも1年かけてゆっくり勉強することをおすすめします。
宅建業法と権利関係
宅地建物取引士資格試験で一番多く出題されるのは「宅建業法」で、50問中20問あります。宅建業の試験で、宅建業法を分かっていないのは良くないのでこの分野は全問正解するくらいの勉強をしなければ合格できません。運転免許の学科試験と同じように、まずテキストを適当に読んだうえで一問一答と過去問を解きまくる、インプットとアウトプットの繰り返しが良いと思います。
次に多いのが「権利関係」で、50問中14問あります。そのなかでも民法が難関です。法律経験者と法律未経験者の差がはっきり出るのがこの分野で、条文を解釈して事例に当てはめる経験が無ければ難しく感じます。しかし、民法や区分所有法はマンション管理士、管理業務主任者、その他の法律系資格でも出題されるので勉強しておいたほうが良いです。また、契約書を扱う仕事で「条文のあてはめが苦手」と言うのはいかがなものかと思われるので、難しくても攻略しておきたい分野です。
ところで、大学で法律を学ぶ学生も入学当初は初心者なので法学入門などの「入門書」で法律の条文の読み方を勉強します。法律未経験の人は、宅建の受験勉強を始める前に、「伊藤真の民法入門」や「民法入門ノート」のような、民法と借地借家法の入門書(基本書ではなく入門書です)を通読しておくと勉強をするのが楽になります。
宅地建物取引主任者と宅地建物取引士
2015年(平成27年)4月に宅地建物取引業法が改正され、これまで「宅地建物取引主任者」の名称が「宅地建物取引士」に変更されました。これに伴い、試験名も「宅地建物取引主任者資格試験」が「宅地建物取引士資格試験」に変更されました。
名称変更と同時に専門家としての義務の規定が追加されました。これによって、会社(宅地建物取引業者)の方針に従うことが当事者の利益に反し、宅地建物取引士として不当な行為に該当する場合は、宅地建物取引士として拒否しなければならなくなりました。
- 宅建業法15条:業務処理の原則、公正誠実義務
- 宅建業法15条の2:信用失墜行為の禁止(業務中に限らず、私的行為も含まれる)
- 宅建業法15条の3:必要な知識及び能力の維持向上に努めること
なお、従来の宅地建物取引主任者資格試験の合格者は、法改正後の宅地建物取引士資格試験の合格者とみなされます。従来の宅地建物取引主任者であった人は自動的に宅地建物取引士となります。つまり、宅地建物取引主任者と宅地建物取引士は同じです。
また、他の「士業」のように独立して開業する資格ではないため、実質的には「主任者」と変わりません。